介護離職、家庭崩壊、望んでいなかった介護Uターン。
介護保険が制定されて20年近くたっても、苦しい選択を迫られる家族が、後を絶ちません。望まない選択の根底にあるのは、「本来家族が担うべき」という心理的圧力と介護保険でカバーできない支援体制の不備です。
「家族がすべき」という常識から家族を解放し、家族の代わりに柔軟にサポートするサービスがあれば、また、それが簡単に利用できる社会になれば、介護家族の未来はもっと明るいものになります。

想像してみてください。自分の老後を。
他人事ではなく、受けたい介護の世界を今から自分のためにも作っていく・・・・。
介護を抱えていても「介護をする家族の暮らしを守る、介護者に優しい社会」を共に目指し活動していきましょう。

「遠距離介護支援協会」の場は、医療、介護、福祉の有資格者らがキャリアアップをし、かけがえのない存在になることを目指しています。看護介護職の地位向上と所得向上を協会の仲間と共に築いていきます。

協会設立に対する思い

あなたの資格と知識と経験が日本の未来を明るくします
N.K.Cナーシングコアコーポレーション合同会社代表
看護師・ケアマネジャー
神戸 貴子

介護や看病は待ったなしです。
遠くで生活している育児中の娘が、親元まですぐに駆けつけることができるでしょうか。
会社で忙しく働いている息子が、すぐに介護休暇を取ることができるでしょうか。
子供がいない高齢者は、誰に助けを求めたらよいのでしょうか。

家族の中だけで介護を完結させることが厳しい世の中になりました。私自身が介護と育児を同時に行うダブルケアを経験し、公共サービスだけでは介護生活は担保されないと痛感しました。「時間」と「心」の距離をもっと縮めなくては高齢社会・日本は崩壊してしまいます。それが「遠距離介護支援」の仕組み作りです。

最新の医療技術を使わなくても、看護師の知識を活かしながら地域に安心を届けたい。体調の急変に対応する自信はないけれど、看護師とチームを組んで介護士としてのキャリアを有効に使いたい−−−−。
「遠距離」という時間と心の距離を乗り越えて、切羽詰まった家族に安らぎと心のゆとりを届ける「遠距離介護支援」のスペシャリストを育成するプログラムを作ろうと、同志が集い、この協会を設立することになりました。

「届けたい介護」「受けたい介護」のあり方を私たちと一緒に考え、多くの仲間と学び、介護で苦労している家族や地域とタッグを組んで幸せな介護を創造していきませんか。

この遠距離介護支援協会の場は、医療、介護、福祉の有資格者のキャリアアップだけでなく、学ぶ仲間の大切な人や自分自身の老後を幸せにする究極の学び舎になると確信しています。


明るく照らそう 遠距離介護と生きる社会
遠距離介護歴17年のナースケアマネ
遠距離介護のケアミーツ
代表 安並 ちえ子


片道1200キロ離れた親の介護。ずっと探していた人にやっと逢えた・・・。それは8年目の夏でした。その人と出逢えてから眠れない夜が減っていき、人生が明るくなりました。

明かりをくれたのは、両親が住む潜在看護婦のAさんでした。ガラケーを開き、Aさんから届くメッセージをのぞき込むと、遠くにいる両親の笑顔が生き生きと浮かび上がり、届けなくても届かない私の手は、Aさんの手となって母に届きます。

気になって、もどかしい。でもUターンできないせつない思い。あの頃の私のように「だれかお願い!代わりに親を見てきてくれませんか?」と助けを呼ぶ声が、今も聞こえてきます。

両親を天国に見送ったとき、「これからは、私が横浜のAさんになろう!」とケアミーツを始めました。ちいさな、ちいさな一歩です。

その一歩を踏みだしたとき、「もっとたくさんのAさんと出会おうよ!!」と明るく声をかけてくれた場所があります。それが、ここ「遠距離介護支援協会」です。

この場所から、私たちと一緒に、未来に創りませんか?助けを求める家族に明かりを届けませんか?

私も、仲間です。


安心して遠距離介護ができる環境作りを
N.K.Cナーシングコアコーポレーション合同会社
わたしの看護婦さん 鳥取リーダー
浜﨑 智子


看護師になって30年のキャリアの中で5人の身内を介護、看取りました。県外に住む娘として、地元に住む孫として、仲の良い嫁として、仲の悪い嫁として・・・。

さまざまな立場で介護する中で、私が強く思ったことは、1日の中で「仕事」という逃げ場があってよかった!ということ。大好きな祖父母に対しても、仲の悪い姑に対しての時も同じことでした。

24時間一緒に過ごすことは、どんなに好きな人といてもつらくなります。逃げ出したくなることもあります。一番つらいのは介護される方とわかるから。

でも、信頼できる人が周りにいたから私は「仕事」ができました。時には看護師だから、家族だから、という周りの一言に縛られ、追い詰められたこともありました。こうしたい!私にはできない!と自分から発言することで理解してくれる人ができ、介護から解放される時間もできました。

「遠距離」は、居住地の遠さばかりではありません。時間や気持ちの「遠さ」も含まれます。自らの介護経験から、地元に信頼できる人を増やしたい、仲間を増やしたい、みんなが安心して「仕事」ができる環境を作りたい、そして応援したい、と考え、この協会作りに加わりました。

この人なら任せられる、そのためには、知識、人脈、そして人間性が必要だと思います。そういう人を目指す人の学習の場、気軽に話せる場、マッチングの場にしたいと考えています。


経営者として、介護の環境をなんとかしたい
株式会社チエノバ代表取締役
山﨑 一夫


私は介護のプロではありません。当協会に集まっている人たちは、介護のプロであり、かつ介護される人の家族の両方の経験をしている方も多いのですが、私は、被介護家族としてのつたない体験だけです。

既に亡くなった母は65歳でアルツハイマー型の早期発症の認知症と診断され、以来15年以上、病とともにある人生でした。最後は、特別養護老人ホームのベッドの上でした。それまで夫婦疎遠と眺めていた父親が介護第一の生活に態度を変えたのは父親自身の判断でしたが、今度は、父親の極端な介護一辺倒生活に振り回されました。

母が、預けられていた施設を抜け出して徘徊し、他県の駅で保護されたりして、父親自身も大変だったわけですが、そんなこんなで、父親と同居している弟夫婦との関係がこじれ、ついで、父親と、離れて生活している私とも修復不能になりました。兄弟の仲も元には戻りません。私のような例はいくつもあり、その一つに過ぎません。

正解はないのだと思います。そんな私が、遠距離介護に携わろうとする方々と共に<家族の介護に悩む人たち>と<介護のプロ>を結ぶ遠距離介護支援協会の仕組み作りにたずさわることになったのですから、人生不思議です。

「シニアに過労死なし」。これは父を見送り、母を介護中のエッセイスト、阿川佐和子さんと対談したよみうりランド慶友病院の経営者である医師、大塚宣夫さんが話した中で印象に残った言葉です(対談本「看る力 アガワ流介護入門」)。年を取ると、頑張る前に身体がもたないので、きちんと休んでしまうのです。だから過労死なし。

私は、30年近く新聞記者をしたあと管理部門を経験し、新聞社の役員として会社経営にも苦労しました。いまも、いくつかの会社の経営の手伝いをしています。幸い、40代から始めたランニングのおかげでフル、ウルトラマラソンをしているため、週末は仲間からすれば音信不通。大塚さんの「シニア」には、まだ届いていないので過労死もしない、と医師にお墨付きをもらったようなので、頑張ってまいります。


「機能的な“繋がり”が、それぞれの”幸せな老後”を叶える要」
株式会社OWLS 代表取締役社長/CEO
横山 理佳


従来の介護では、高齢者ご本人やケアギバー(介護される家族、介護従事者)のみなさまに負担がかかる構造になっていました。

「介護のために仕事をやめないといけない」
「高齢になってきた両親と、話がしづらくなってきた」
「老後、誰に面倒をみてもらおう」
「一人で倒れたらどうしよう」
・・・

家族形態やライフスタイルが益々多様化する今後、介護・医療の専門家が有機的に連携し、高齢者お一人お一人、ひいては、それぞれの家族の「ありたい姿」に寄り添ったケアを提供するニーズが高まります。

介護現場の方々が、医療従事者と有機的な連携を行うのはもちろんのこと、高齢者や周囲の方々のライフスタイルや消費性向等、揺れ動く世の中の情報にも目を向けることで、「合理的」かつ「満足感の高い」ケアサービスが生まれます。

日本が誇れるウェルネスサービスとして、「遠距離介護支援」が叶える新しいライフスタイルの実現とエコシステムの構築を応援してまいります。



自身の付加価値アップに繋がる学び
川村中小企業診断士事務所代表
川村 浩司


保険請求を頼りにする事業構造は年々厳しさを増しています。医療制度改正で分野によっては、opportunity(好機)と捉えられる部分も無い訳ではありませんが、一般的に国が考える報酬制度では、国富の状態によって如何様にも変化します。これからの時代は自由請求=民民サービスを介する事で、客単価(利用単価)の改善や利用頻度の柔軟化を促進させ、生き残れる経営を目指さなければならない時代に突入します。

この度の協会設立に際して、神戸代表が考える様々な資格の知識を横断的に学ぶ事は、AI時代に突入した現代社会で、AIが苦手とする不定形や不確実な事象に対する人間が勝る能力の蓄積になると判断しています。

本協会の資格取得を介する事で、様々な周辺知識を持つ事が可能となり、自身の付加価値アップに繋がるはずです。



最前線で働く介護スタッフが最高のパフォーマンスを発揮できるようになるための学び

中川 雄一朗

社会人として特別養護老人ホーム、介護老人保健施設の施設ケアからスタートし、より利用者と深く関われるケアを求めて認知症対応型共同生活介護、いわゆるグループホームで認知症を患った利用者と向き合う。

認知症、地域で暮らすこと、家族の思いなど様々な課題を目の当たりにして、「その人らしく生きること」「人としての尊厳」「人権に対する意識」について模索するようになる。
社会福祉協議会にて、日常生活自立支援事業を担当することで介護保険サービスの世界しか知らなかった自分の視野が広がる。

その後もデイサービスにて生活相談員として、自宅で暮らしていく上での課題に向き合う。

介護の仕事は、直接人とのふれあいがある。とても魅力のある仕事。だが、なぜか離職率が高い。
ずっと、そんな状況を見てきた。次のステージに進む時が来たと感じた。
それが自分の生涯を通したミッションと感じた。
「福祉・介護職の離職率を下げる!」
介護事業所の立ち上げから運営に携わり、最前線で働く介護スタッフが最高のパフォーマンスを発揮できるようになるためのマネジメントに取り組む。
実際経営に携わり、自分は経営者には不向きと感じたが、この頃、社会保険労務士と多く面談時間をとっていたことで、新しい自分の可能性が見えてくる。
新しい可能性、それは現場で働く介護スタッフの支えとなれるようなキャリアコンサルタントになること。
今、キャリアコンサルタント目指して勉強中!


「だれか、お願い」と声を発せる場所が必要
N.K.Cナーシングコアコーポレーション合同会社
新規事業リーダー
辻 美代子

かつて介護とは仕事でするもの、自分の親ならば
自分でするのが当たり前という概念しかありませんでした。

しかし、この協会の設立に関わり、「介護保険外サービス」「遠距離介護」
という言葉をより身近に感じるようになりました。

訪問介護の仕事をしていく中で、介護保険内だと出来ることが決まっている。
ですが、サービスに入ると利用者様は「ついでだからここも・・・」
とおっしゃることが多々あります。
そこで、介護保険外サービスですと、利用者が希望されることが叶います。

普段、日常生活の中で特に困っていることはなくても、体調によっては病院に一人で行くのが不安とか買い物も一人だと荷物が等の不安を介護保険外サービスにて、スタッフが同行させていただくことで不安が減り、安心して外に出かけていただく事が出来ます。

遠距離介護の必要性について
介護する側になったとき、親に何かあってもすぐに駆け付けることが出来ない状況になったとき、「だれか、お願い」と声を発せる場所がとても必要だと思います。
自分は行けなくても、信頼のおける人が代わりに行ってくれる安心感というのは欠かせないものになるであろうと思います。
できるだけ多くの地域でこのサービスが利用できるようにしていただけるよう努力していきたいと思います。



子どもと離れて暮らす高齢者の方や、親の介護で悩む人の支えになりたい
フリーライター/横須賀まちの保健室プロジェクト代表
小松 亜矢子

自分の親に介護が必要になったとき、あなたはどうしますか?

私は今、親と離れて暮らしています。親に何かあって帰ろうとしても、飛行機で約1時間半の距離。すぐに帰ることはできません。

そんな状況にある中で、私の父は認知症になりました。数年の自宅での介護を経て、施設に移り、最終的には亡くなってしまいました。
自宅には母をはじめとした家族がいたものの、それぞれ仕事があるのでつきっきりでの介護はできません。それでも、デイサービスを利用しながら、母を中心にできる限りの介護をしていました。

その間、私も仕事や家庭の事情があり、家を離れることができませんでした。せいぜい、電話で母の愚痴を聞いたり、父の様子を聞いたりするくらい。何もできないことを歯がゆく思う日々が続きました。

あのとき、「遠距離介護」を支える仕組みがあればー今もそう、強く思います。私が直接できないぶん、プロに依頼することができれば、母や他の家族の負担を軽くできたのではないか、そう感じています。

私は今、住んでいる地域で「まちの保健室」という、医療や介護、心身の健康の悩みを聞く場を開催しています。そこを訪れる方の中には、子どもと離れて暮らす高齢者の方や、親の介護で悩む人もたくさんいます。

遠距離介護は、そんな方の支えにきっとなれるはず。そう感じるからこそ、この取り組みを広める一翼を担っていきたいと思っています。



夢を叶えたいと頑張っている人を全力で応援したい
企業主導型保育園 キッズプラス出雲園 副園長
橋原 喜代

23年間大学病院で看護師として、主に急性期病棟(ICU、HCU、救命救急、NICU、手術室)を経験、2018年3月に退職し、4月から企業主導型保育園の副園長として転職しました。
看護師在籍中、マンダラチャート認定講師となり、子育てをしながら働くママ達や起業を目指しているママ達のライフコーチとして活動をスタートしました。
看護師として、ライフコーチとして、副園長としての経験や体験を活かし、子育てをしながら働いている女性や、夢を叶えたいと頑張っている人達を、遠距離介護支援に参画し、地域・社会的側面から全力で応援します。